【74】根室-釧路

寝不足は治った、朝4時に起きて撤収する。準備中に夫婦さんが声をかけてくれた。車中泊しながら昔の旅行先を再訪しているようだ。黄色いユースホステルの手帳を見せてくれた。定年後も車中泊で一緒に旅行できるとは、とても良い夫婦だ。

約100km先の釧路に快活クラブがある。もう一か月も快活を使っていない、何としてでも今日はいかなければ。2日いた根室を去る、根室の入り口にあるこの俵アート。そういえば、北海道に入ってまだ牛乳を飲んでいない。f:id:RSSHAKE:20210618115017j:image

浜中町までの道中、ルパン三世が描かれた案内板を目にする。f:id:RSSHAKE:20210617221656j:image作者のモンキーパンチの出身地だそうだ。途中、茶内パーキングで昼飯を作る。ここにある展望台は高く、遠く太平洋まで見える。f:id:RSSHAKE:20210617221809j:image
少し進んで、茶内セイコーマートの向かいにはハーゲンダッツの故郷とも書かれてある。使用されている生乳はほぼ浜中町で生産されているみたいだ。後ほど調べると、茶内駅近くのコープ浜中でソフトクリームが食べられるらしく、美味いそうだ。f:id:RSSHAKE:20210617221848j:image

浜中から約1時間くらいで厚岸(アッケシ)についた。道の駅にはコンキリエという施設があり、カキ料理を販売するお店が入ってる。入ってすぐある看板が目に入る。f:id:RSSHAKE:20210617221902j:image
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どこかで見たような、初めて見る気がしないこの中南米系のお方、施設のCMに出てくる人で、施設とは全く関係はないそうだ。目は引かれるがカキの情報が頭に残らない。小さな水族館もあり、カキを主役にマスなどが展示されていた。f:id:RSSHAKE:20210617222025j:image

曇っていた空が青くなっている。国道から見える厚岸湾がきれいだ。山に入り、ふと横を見ると、エゾシカの視線が明らかに自分に向かっている。見つめあっても仕方ないので進み始める。f:id:RSSHAKE:20210617222212j:image
f:id:RSSHAKE:20210617222209j:image峠の最初の坂がめんどくさいので押し歩いていると、オルトリーブのフロントバックを付けた自転車が追い越していった。斜度が緩やかになったので漕ぎ始め、頂上付近で合流した。なんと地元が隣同士だった。大工をしているそうで、仕事がないため日本を回り始めたという。出雲大社まで行ったことがあるそうだ。一緒に出発したが、この方の下りの速さがとんでもなく、すぐに一人になった。f:id:RSSHAKE:20210617222339j:image

ようやっと釧路に入った。ロ・バザールという地産地消施設があり、そこで牛乳を買ってみる。昔は飲むたびに頭痛をおこしていたが、あの頭痛は何だっただろう。甘くて美味しい。

釧路川が海へつながる手前に架かる幣舞橋(ぬさまいはし)は市内では有名どころ、夕日がきれいに見れるそうだ。快活へは回り道をして橋へ行く。橋には女性像が4体あり、春夏秋冬が題としてつけられている。橋を照らす照明はヨーロッパ的な雰囲気だ。南側の壁面にはSEIKO製の大きな時計がある。夜になればきれいだろう。f:id:RSSHAKE:20210617223502j:image
f:id:RSSHAKE:20210617223459j:image曇っていて夕日は絶対に見れないので、近くの店で魚を食べて夜を待つ、この会計が快活1回分にまでなり、すごく後悔したが、サバがおいしかった...

19時を回り、橋の照明が橙色に光る。橋の下にも照明があり、こっちは色が数分毎に変わる。時計も光り、これは待った甲斐がある。
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f:id:RSSHAKE:20210617222945j:image20時には時計の光は消え、人も車も少なくなった。釧路駅前の北大通を走って快活へ向かう。

1か月ぶりの快活。入口で聞こえる松岡修造みたいな声が懐かしく感じる。なんだかんだ110km走った。横になると一気に眠気が...

明日も無事でありますよう、気をつけますf:id:RSSHAKE:20210617223705j:image

【73】根室・納沙布岬

起きたのは宿を外出する予定の2時半。多分2時間しか寝ていない。荷物を全て部屋まで運んでいるので、今なら身軽に走れる。上着を着て納沙布岬へ出発する。根室は朝日が一番近い町と謳っているが、それにしたって2時台後半には明るいのは驚きだ。

気温は多分7℃くらい、微風が吹き坂の連続。暑いけど寒い、道東に来てからこればかり言っている気がする。道中、チャシというアイヌの人々が作った柵囲いが点在している。入り口にロープが張ってあるが、時間が早すぎたのか、閉鎖しているのか。f:id:RSSHAKE:20210617214516j:image

数十か所の川をまたぐ坂を走り、1時間ちょっとかかり納沙布岬に到着した。誰もいない、時刻は4時半、偶に軽トラックが近くを走っていく。岬周辺には碑などがたくさん建っている。f:id:RSSHAKE:20210617214555j:image
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その中に寛政の蜂起墓碑がある。アイヌの人々は、場所によっては和人との交易で不利益を被った。寛政元年(1789)、今の標津・羅臼に住んでいたアイヌは和人を約70人殺す事件、クナシリ・メナシの戦いを起こす。この戦いの後、和人はこれにかかわったアイヌ人を約30人、今の根室の牧ノ内で処刑した。ここら辺のチャシは和人との闘いに備えて作られたものもあるようだ。使われることはなかったそうだが。f:id:RSSHAKE:20210617214717j:image

この墓碑は和人の墓碑で、案内板の最後には、「ー和人が殺害された原因はアイヌ民族への非道行為が原因であり、石碑の内容と史実は異なる。」とある。これを見た後に、岬から数キロ先の歯舞群島を眺めると、なんだか複雑な心持になった。f:id:RSSHAKE:20210617214758j:image
f:id:RSSHAKE:20210617214755j:image曇っていて遠くの島々は見えない。どこかで、水晶島出身の母との記念写真を見たのだが、その水晶島が目の前にある。今はロシアの支配下にあり、自由に往来できない。そこに住んでいた人やその子孫は、故郷に行くことができない。

曇り空の間から太陽が現れた。最東端の碑で写真を撮る。f:id:RSSHAKE:20210617214551j:image寝坊してよかったかもしれない。5時過ぎ、納沙布を後にする。行きで急いだ分、ゆっくり帰る。追い風下り坂多めで助かる。f:id:RSSHAKE:20210617214853j:image
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宿に戻り、仮眠をばと思ったが、飯を食ったら眠気が飛んだ。これは正午に再度襲ってくるパターンだ。今日は行けても道の駅までだろう。

根室市街を走る国道の末には明治公園がある。使われていないサイロという肥料貯蔵施設が3つ公園内に立っている。f:id:RSSHAKE:20210617215146j:image重機の登場で、牧草地でみるあの白い俵がとってかわった様だ。牧草が発酵すると、牛たちが大好きな匂いを放つらしい。ほかにもバーベキューサイトがあったり、遊具があったり、市民の憩いの場として最適な公園だった。

昨日どりあんエスカロップを食べたが、もう一店舗、ニューモンブランが駅前にある。昨日は休みだったが今日は開いてる。どりあんは店内にベスパが置いてあったりしてにぎやかな雰囲気だったが、モンブランはとても静かで落ち着いた雰囲気だった。地元の人は「エスカ」と言って注文するようだ。

観光案内所で最東端到達証明書を頂き、根室市街を後にする。ここから先は来た道を戻るのみ、そう思うと眠気が襲ってきた。休み休み走り、道の駅に15時頃到着した。今日これ以上進んだら途中で事故になりかねない。サイコンを見ると75kmの表示が、そういえば朝2時から走っていたんだっけか。f:id:RSSHAKE:20210617215357j:image

人気がなくなる時間まで写真整理を行い、目立たないところで設営。眠気を我慢しながら荷物整理をして翌朝すぐに捌けられるよう準備する。終わったところで寝袋に入り、即落ちた。

明日も無事でありますよう、気を付けます。f:id:RSSHAKE:20210617215504j:image
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【72】尾岱沼-根室

しばらく経ってしまったので、写真メインで...

尾岱沼の公園から少し先 快晴の根室f:id:RSSHAKE:20210617065942j:image

引き締まった馬
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道の駅にあった四島返還叫びの像
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ゆっぺ旅に出てくる「オネット」橋。オンネトウが正しいけどオネットの方が言いやすい。f:id:RSSHAKE:20210617065907j:image
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根室市に入ると標識にロシア語が多くなる。キリル文字とアルファベットを対応させて覚えれば読めるようにはなるらしい....
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根室市街地は平らな道がほとんどない。
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JR根室駅。記念入場券を案内してくれた係員さんは爽やか好青年だった。
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根室の名物エスカロップ。2店舗が有名で、まず1店舗目「どりあん」。エスカロップの歴史があり、結構な情報量だった。
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明日に備え宿を取り、夜の根室市街を歩いた。市役所近くの交差点と、駅前の塔。
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明日も無事でありますよう、気をつけます。

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【71】中標津-野付半島-尾岱沼

ビジネスホテルマルワは入り口付近に格安の幟が大量に置いてある不思議な宿だ。いの一番で朝飯をいただき7時に宿を出る。f:id:RSSHAKE:20210615172752j:image今日も日差しが強い。中標津の街は、格子状に広がる畑の右下あたり、店が多く人も多い。網走以降走ってきた中で1番の街だ。商業施設もあるが買うものはない。

中標津から標津までは緩やかな下り。途中、駐車帯に標津みどころ30選の看板、知床連山の展望。快晴で山がはっきり見える。f:id:RSSHAKE:20210615172715j:image6月も中旬、通った時よりも残雪が目立って見える。そこをすぎると、馬の親子がこちらを見ていた。風で揺れる鬣がカッコいい。追い風もあり39分ほどで標津に着いた。f:id:RSSHAKE:20210615173222j:imagef:id:RSSHAKE:20210615173820j:image

ここから野付半島の真ん中にあるネイチャーセンター目指して片道17km走る。薇のような形をしたこの半島は日本一でかい砂嘴。竪穴住居の遺跡があったり、千島列島との交易の要所であったり、動植物が豊富、多方面で重要な場所なのだろう。

片道17km、一度も曲がらない道を、途中のスポットを飛ばして走る。f:id:RSSHAKE:20210615175508j:image半島の苦手な点は、同じ道を往復するのが一番楽な点だ。それが嫌だと言って別の道を行くと往路より険しかったりする。

1時間ほどでセンターにつき、そこから遊歩道を歩いた先にトドワラという枯れたトドマツ跡がある。f:id:RSSHAKE:20210615175655j:image
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過去の写真は見たことはないが、年々立ち枯れしたトドマツは減っているらしい。この島自体、消滅する可能性はあるようだ。

今回野付半島に来た理由は、国後島の南部分を一番近くで見れそうだったから。ネイチャーセンターの向かいには非常時用の高台があり、避難場所の部屋以外は階段を登ってゆける。そこから撮れた写真がこちら。f:id:RSSHAKE:20210615181003j:image多分、左側の砂嘴辺りだと思う。先日北方領土について調べ行き着いたあるブログで、ロシアの「クリル諸島社会経済発展計画」で、ドゥボボエという地域に助産施設が建つ、といった内容の記事を見た。ドゥボボエは国後島の一番南の地域で、ここらは宅地や高速道路が構築されているようだ。この写真がその地域を写しているかどうかはわからない。今までみてきた看板には「北方領土返還」「島を還せ」とあるばかりで、一度ロシアが2島返還を提案した事、日本は4島返還を条件にそれを拒否した事、そこからロシアの北方領土開発が進んだ事は知らなかった。関連施設がやっていれば知れたんだろうか。

昼を過ぎ、ネイチャーセンターを後にする。きた道を引き返すが、少し遠くには灰色の雲、そこから下がる雨が見える。f:id:RSSHAKE:20210615182213j:image風が一気に冷たくなり、雨具を着た方がいいかもと思った矢先に降られる。軽トラが横に止まり、おっちゃんが自転車乗せて入り口連れてくよと声をかけてくれた。しかし荷台にチャリを乗せるには二人必要だ。そうなるとおっちゃんが濡れる。申し訳ないので、気持ちだけ受け取り遠慮した。お願いした方が良かったのではないかと少し悩むが、おっちゃんが濡れないことが優先だ。

雨のせいで靴は濡れ体が冷える。とりあえずの目的、尾岱沼まで走る。通り雨だったので道路からは蒸気が上がっている。f:id:RSSHAKE:20210616105404j:imageとある公園で今後の予定を考えていると、地元の子供達が集まってきた。元気な声を出して遊び始めた数十分後、また雨が降ってきた。それでも子供たちはしばらくは遊んでいた。近くに銭湯があり、時間もあるので行ってみる。どこかの温泉で「無の湯」という、体温とほぼ同じ温度の風呂があり、入ると何も感じない不思議な風呂なのだが、それがここ銭湯にあって驚いた。名前こそないがこれは無の湯だ。

籠にあった家の鍵の忘れ物を番台さんに渡し銭湯を出る。先の公園に戻ると子供たちは帰り、若い兄ちゃん達が野球をしている。また雨が降り始めた。その中でも兄ちゃん達は野球を続けている、えらくタフだ...
今日はここから動けそうもないので、目立たないところで設営を済ませる。

明日も無事でありますよう、気をつけます。f:id:RSSHAKE:20210616110133j:image

【70】羅臼-中標津

3時に起きたが、国後島は見えない。日の出は見れなさそうなので二度寝し、6時ごろ目を覚ます。どっと疲れを感じたが、しかし飯を食べれば無くなった。

このまま北へ行き、舗装路の終点、相泊(アイドマリ)まで行ってみるか。しかし、追い風だがそこまで17km、折り返して戻れば確実に向かい風。昨日は五湖を見れなかった、次来る時には相泊も見ることとし、標津へ向かう事にした。

熊の入った家、という名前は事実だそうだ。ライダーハウス横の家屋が現場、マスターさんの親の代の出来事らしい。f:id:RSSHAKE:20210616055735j:image
f:id:RSSHAKE:20210616055740j:imageステッカーを買い、スタンプを押し、お世話になったお礼をして出発する。昨日は暗くてよくわからなかったが、口先が黒い金魚が1匹いた。f:id:RSSHAKE:20210616055903j:image

道の駅知床羅臼周辺を見て回る。橋にはオジロワシの像や、鮭の柄の枠組みが。観光船乗り場の看板は大きく目立つ。f:id:RSSHAKE:20210616060017j:image
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少し早いが昼飯を食べる。道の駅の食堂でホッケ焼き定食を頂く。ホッケがとても大きく、メッッチャうまかった。鮭節醤油も甘くて美味しい。1時間は食べていた気がする。窓から見える幟は進行方向の逆に靡いている。限界までホッケをいただいて食堂を後にする。f:id:RSSHAKE:20210616103314j:image

ここから先は走るのみ。標津の宿はいい候補がなく、中標津へ向かうことにした。途中国道から逸れ、開陽台へつながる道を走ったが、とても辛かった。強い向かい風が吹く中、牧草地を抜ける緩やかなアップダウンが続く。嫌気がさして次の区画で曲がろうにも砂利道で、且つ一区画が大きいので越えるのも一苦労。バイクで走るのならば爽快な道だろう。f:id:RSSHAKE:20210616104637j:image
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ようやく中標津の安宿につき、足を休められる。充電類を済ませ、近くのスーパーへ食料品の買い出しへ。「あるる」というスーパーの名前に魔導物語ぷよぷよのアルルを思い出し足が止まる、道路にはキツネがいたf:id:RSSHAKE:20210616104806j:imagef:id:RSSHAKE:20210616104706j:image明日に備え部屋に戻ったらすぐに就寝した。思いの外知床峠での疲労が取れていなかったらしい。

明日も無事であります様、気をつけます。f:id:RSSHAKE:20210616104849j:image