【41】薬研-大間

雨上がりの快晴は最高だ。テントはよく乾くが、日焼けが進むのが困り事。遂に本州最北端、大間崎に行く。

薬研野営場を出る前に施設の写真を撮る。いいところだった。去年よりも人は来ているそうだが、それでも少ないらしい。

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県道279号へ合流するまでの山道、ガードレールに小目名(こめな)神楽の絵が書いてある。後で調べよう。

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大畑で279号に合流する。道が新しい。橋から尻屋崎がうっすらと見える。風間浦村を通り大間へ向かうこの道は海沿いの景色、遠くに北海道を見ながら走れる快走路だった。f:id:RSSHAKE:20210516070747j:image
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目の前に広がる山が少なくなる頃、遂にこの青看板が出てきた。f:id:RSSHAKE:20210516070909j:image

ここから3kmほど進むと、大間崎に到着。あのマグロと腕のモニュメント、1998年に建てられたのか、意外に新しい。すぐ近くのお土産屋さんで、欲しかった下北半島のキーホルダーと最北端到達証明書を買う。f:id:RSSHAKE:20210516070941j:image
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モニュメントの近くには休憩所があり、そこには大間についての案内板が複数ある。ブラキストン線についての板が一番興味をそそられるf:id:RSSHAKE:20210516071446j:image
f:id:RSSHAKE:20210516071442j:image青函トンネルができた後、青森でキタキツネの生息が確認されているそうだ。エキノコックスマジ怖い。

 

大間岬から南へ降るとやっとコインランドリーがあったので洗濯を済ます。待っている間、デルウィンさんという方が声をかけてくれた。写真をよく撮るそうで、特に野鳥の撮影が大好きだそうだ。港へウミネコを撮りに行くことになった。

コロナが広まる前までは東京にいたそうだが、友人のつてで今は大間に住んでいるそうだ。今年に冬は特に寒かったらしい。

日の入り前で鳥がいない、デルウィンさんが食パンをちぎり、海に投げてしばらくすると一羽やってきた。いったいどこからきたのか。すぐに十数羽が群がってきた。f:id:RSSHAKE:20210516071020j:image
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f:id:RSSHAKE:20210516071034j:image最後に一緒に写真を撮り別れる。マグロより牛の方が美味しいとの事だ。

 

テントサイトに戻り、設営してモニュメントと夕日を撮りに行く。撮ろうと思って撮るのは初めてかもしれない。f:id:RSSHAKE:20210516074706j:image
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今日は空にISSが見えるらしい。関東は31℃を超えたそうだ。ここは14℃だった。快晴で星が広がっている。頭だけ出して星空を眺めた後、眠りについた。

明日も無事でありますよう、気をつけます。

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【40】むつ-恐山-薬研

2日前に会ったツナギのお兄さんが言っていた恐山はむつ市にある。偶然にも泊まった宿が恐山への道の入り口にあった。宿の職員さんはぜひ訪れていただきたいと、青森出身の大学時代の友人もぜひ行ってみてと、恐らくここを通るのは一回しかない、行くに決めた。

久しぶりの山道、勾配は11%となかなかエグい。 f:id:RSSHAKE:20210515220114j:image自転車を押してばかりいたリアス式海岸沿いを懐かしみながら自転車を押す。汗が止まらない。中間あたりで恐山冷水があった。f:id:RSSHAKE:20210515220016j:image
f:id:RSSHAKE:20210515220009j:image「れいすい」ではなく「ひやみず」。不老水とも書かれ、飲めば寿命が長くなるとか。一杯で10年二杯で20年、三杯で死ぬまで生きる、とネットにはあるが、三杯目の意味がさっぱりわからない。ここは俗世界と霊界の境目であるとも書かれている。寒いのはそのためだろうか。大型貸切バスが3台連行で登っていく。学校行事だろうか。排気が際立って匂う。

 

残り半分をなんとか登り切り、宇曽利山湖が見えてきた。強い硫黄臭が漂っている。草津温泉よりも強い。f:id:RSSHAKE:20210515220433j:image

宇曽利とはなんなのか。調べてみるといくつか説が見つかる。アイヌ語が形を変えて宇曽利となった説は二つ見つかり、一つは「ウショロ」もう一つは「オソルコ」。恐山菩提寺が円仁によって開かれたのは862年、平安時代で征夷が始まったのは700年代頭から、そうなるとアイヌ語由来が強いだろうか。

入山料を払い恐山菩提寺に入る。f:id:RSSHAKE:20210515220808j:image
f:id:RSSHAKE:20210515220812j:image寺院の知識がないため、詳細が頭に入らないが、霊場である事は場の雰囲気から伝わる。積み上げられた石、回る風車は亡くなってしまった子どもを供養するためのもの。手向けられた草履や布は、あの世への旅たち、又は現世に帰ってきた時のための物。名前が彫ってある石もあり、それらをみながら、立ち止まり、ゆっくりと進んでいく。足元に注意しなければ、積まれた石を崩してしまうかもしれない、緊張した。f:id:RSSHAKE:20210515220837j:image
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順路後半には極楽浜と名付けられた白い浜がある。地獄の灰色が一変、この白さ。f:id:RSSHAKE:20210515220904j:image

山門を出て、蓮華庵という食事処でカレーを食べる。何故か自転車で来た事を当てられ、大盛りにしてくれた。いつみられていたのだろうか。

 

今夜は雨が降る。大間まで行きたいが恐山を出るには必ず坂を登る。海沿いへの道に薬研(やげん)野営場があるので、大間へは明日向かうことにした。

ピークは恐山を出たあとだった。気づくと後頭部に大量の虫が飛んでいる。足を止めると目に近づいてきたり、荷台のタオルに群がったりする。後で調べると、メマトイというハエだったのかもしれない。下りになれば速度も出て虫たちはいなくなった。

 

15時ごろ薬研野営場に到着した。看板に「有料キャンプ場」と目立つ紙がある。f:id:RSSHAKE:20210515221622j:imageしれっとテント泊する人が多いのだろうか。受付を済ませると、おっちゃんが名刺くれと言ってきた。どうやら日本一周している人のブログをよくみているらしく、私もその一種なので聞いたそうだ。作っておいた方がいいよと言われる。嫌だけど、このブログのURLとQRコードの紙くらいは用意した方がいいかも。

2.5kmほど先に進んだ奥薬研に、かっぱの湯があることを教えてくれた。洗剤使用禁止の温泉で、タダで入れる。歩いて向かおうとしたらおっちゃんが、「自転車の方がいいぞ」と声をかけてくれた。けど歩きたいので優しさだけ受け取っておく。

 

かっぱの湯は男女の入浴時間が交替で回る温泉だ。そばには川が流れ、良い匂いが薄く漂ういいところだった。かっぱの湯の由来、円仁がここにきた際に足を滑らせ怪我をし、そこにかっぱが現れて円仁をフキの葉で包んだ、円仁が目を覚ますと湯の中におり、怪我はすっかり治っていたという。湯船にはかっぱの像があった。f:id:RSSHAKE:20210516054705j:image

 

野営場へ戻る道にはでかい廃旅館があった。昔はこれが埋まるほど人が来ていたのだろうか。f:id:RSSHAKE:20210515221913j:image

テントの中に入り寝袋に包まれると、気がついたら眠っていた。雨音で目が覚めると夜中の1時。薬研に来ておいてよかった...

明日も無事でありますよう、気をつけます。

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【39】陸奥横浜-尻屋崎-むつ

4時に起き、テントを片付け終わったのは5時半ごろ。一部見える青空に晴れてほしいと願う。菜の花スポットは、道の駅よこはまを中心に南北2箇所ある。まずは南の牛の沢交差点へ向かう。

 

だんだんと晴れてきた。菜の花が畑一面に咲いていた。f:id:RSSHAKE:20210515125335j:image

通勤車が数台通る。見慣れた景色なのだろうか、でも視線は若干菜の花に傾いていた気がする。とても綺麗だ。灰色の雲が残っている青空と、眩しい黄色の菜の花が見れるのは運が良かった。
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次に目指すのは、北の自然園(じねんえん)。例年なら菜の花フェスティバルが開催され、菜の花を一望できる展望台も設置されるのだが、今年も中止になってしまったようだ。開花宣言は4月30日で、今が一番の見頃かもしれない。そう思う程に菜の花が綺麗に輝いて見えた。

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CLANNAD After Storyのエンディング「TORCH」に菜の花と建物のカットがあって、自然園がそのモデルだ。TORCHすごい好き。

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牛沢交差点に着いた時からCLANNADのサントラを流していた。この菜の花を見ながら聴いた「夏時間」「願いが叶う場所」「空に光る」「影二つ」「白詰草」「はるかな年月」「カントリートレイン」「渚」「小さな手のひら」はもうやばかった。サントラは3枚組なのだが、2周はしていたはずだ。

太陽が雲に隠れた頃に陸奥横浜を後にする。ありがとう天気、菜の花、陸奥横浜、今日のことは絶対に忘れない。f:id:RSSHAKE:20210515125511j:image
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尻屋崎へ行くにはこれがベストであると判断し、レンタカーを予約していた。下北駅のガソスタに併設されたレンタカー屋さんへ向かわなければならない。11時に予約し今は10時、1時間しかない。今までで一番必死にペダルを漕いだ。途中、看板を掛けたザックを背負い歩いている人を見かけた。とても声をかけたいが、時間がないので通り過ぎた。

なんとか下北駅につき、車を渡される。

f:id:RSSHAKE:20210515125802j:image新車のハスラー、積算走行距離二桁。まじか。1ヶ月弱車を運転していないので余計不安になる。しかし運転席に座れば何故か体は運転を覚えている。不思議なことだ。

車は偉大だ。尻屋崎への40kmを1時間ほどで行けてしまう。坂も何もその、右足を強く踏み込めばエンジンが車を動かす。日常で使っていた以上にこれはすごい物なんだと感じる。自転車で行っていたら早朝に出ていても帰るのは日が暮れてしばらく経っているだろう。

尻屋崎へ近づくと大きな工場がある。尻屋崎に聳える桑畑山は石灰資源が豊富で、戦後ここから多くの石灰を採取し、製鉄用、セメント用に姿を変え北海道、東北の発展を支えてきた。

工場を越えると尻屋崎灯台へのゲートがみえてくる。先に進むと、お馬さんが道を歩いてる。f:id:RSSHAKE:20210515125907j:image立馬(かんだちめ)という馬で、年中ここで放牧されている。ガタイがよく、特に足が特徴的だ。f:id:RSSHAKE:20210515125935j:image

 

尻屋崎の冬は-20℃近くまで気温が下がり、吹雪が吹き荒れる。寒立馬は冬もここで過ごす。なんてすごい馬なのだ。人慣れして大人しい性格なので、車が横を通っても気にしていない。昔は農耕用の馬として人と共生していたが、農業の機械化が進むにつれその数は減り、1995年には9頭まで減ってしまった。以降、保護活動によって頭数は回復し現在に至る。「四季置附」「野放馬」という通称もあったようだ。不思議なことに寒立馬は「シコタンキンポウゲ」という草は食べないらしい。この花は絶滅危惧種に指定されていて尻屋崎に咲いている。なんて不思議なことだろう。f:id:RSSHAKE:20210515130006j:image
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魹ヶ崎灯台で尻屋崎灯台の文字を見かけたのがここに来た理由だ。尻屋崎灯台は1876年に建造され、付近を通る船舶の道標として活躍している。1945年に戦闘機の掃射で灯台の職員が1人殉職してしまい、灯台も破壊されてしまった。復旧していない時に灯る不思議な現象も確認されたそうだ。f:id:RSSHAKE:20210515130048j:image

 

振り返ると桑畑山が見える。f:id:RSSHAKE:20210515125831j:image形がはっきり見えて綺麗だ。西ゲートから入り東ゲートへと抜ける。せっかく車できたので、無理やりスマホダッシュボード上に貼り付け車載動画を撮ってみた。

立馬に別れを告げ、むつ市へ戻る。返却時刻ちょうどにレンタカーを返す。予定通りは気分がいい(虹村形兆)

 

その後大湊駅に訪れる。終着駅だ。電車が来る時間じゃないとホームに入れないが、入場券を買った旨を伝えると駅員さんが入れてくれた。

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本当は近くのキャンプ場へ行こうかと思っていたが、函館までの最後の宿としてビジネスホテルを予約した。TVがキャスト対応だったのでゆっぺ旅を流しながら眠りについた。

 

明日も無事でありますよう、気をつけます。

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【38】おいらせ-陸奥横浜

日の出が早くなり、暑さで目が覚めるのも早くなる。

陸奥横浜を目指すには半島を横切らないといけないが、どこからいくかで迷う。そんなこんなで出発は8時ごろと遅かった。

県道338号を上り、県道5号に入り西へ進む。衛星写真で見る限り、横には長いが捻りが少なく、緩やかな坂が連続するくらいで済むだろう。

分岐のローソンで早めに飯を済ませ、出ようとしたところでお兄さんに声をかけてもらった。恐山で泊まって幽霊を見てくれば言われたが、怖すぎるのに加えて自転車では逃げられないので勘弁してもらった。ツナギが似合う、すごくカッコいい人だった。会社員だった頃に整備士さんや車輌課の人が着ていたツナギにとても憧れを持っていたことを思い出した。

 

斜面に広がる畑に北海道っぽさを感じるがまだ東北だ。予想通りの緩やかな坂を走っていると廃墟があった。花欧鈴(カウベル)という看板が残っており、建物は半壊状態だった。

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途中から激しい腹痛に襲われる。下り坂の嫌な点は、上がった体温が風によって下がること。真っ先にそれを感じるのは首や腕だが、気付かぬ内に腹まで冷やされる。

波を抑えながら陸奥湾に突き当たる。本当は横浜方面へ行きたいが、トイレが全くなさそうなので反対の野辺地方面に曲がる。ローソンがあった。サンキューローソン、お菓子を買って店を出る。往復10kmだった。よく耐えた。

 

横浜までは数十回のアップダウン。灰色の雲が広がっている。寝床候補の、トラベルプラザサンシャイン裏の野営場に電話する。雨が降り、この後風が出るかもしれないから、今日テント張るのは難しいとの事。最近開いたばかりのところだと伺っていたので、残念だが仕方がない。

風力発電の風車が並ぶ。solid wind powerの文字がかっこいい。

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CLANNAD After Storyで描かれた駅と菜の花畑のモデルは陸奥横浜にある。私が中学生だった頃、原作と移植版を何回も遊び、アニメも見た。

陸奥横浜駅、やっとこの景色を見ることができた。

f:id:RSSHAKE:20210514161403j:image朋也と渚、そして汐が線路を渡るあのシーンが鮮明に思い浮かぶ。

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近くによこはま温泉という施設がある。高温風呂、サウナ、水風呂があって350円は安い。最高だった。

 

少し離れた公園にて、人気がなくなってきた頃に設営して本日は終了。明日は菜の花畑を見に行きたいが、天気はどうなることやら。

 

明日も無事であります様、気をつけます。

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【36・37】八戸ーおいらせ

狭い部屋での快適な朝。5時に目が覚めた。ホテルニューシティ八戸は建物こそ古いが、素泊まり3300円で安い。部屋は万人受けしなさそうだが、私にとっては最高の宿だった。

宮古でストップした日からブログを投稿してなかったので、近くの図書館で片付ける。32GBのSDが容量不足で写真が撮れない。この容量だと大体1ヶ月ちょいで満杯になる。ちょうどいい感じだ。

ショッピングモールを覗き、ネットカフェに入る。陸奥横浜と尻屋崎を行く候補として決めたが、むつから尻屋崎へ行ったらその日のうちに大間岬には行けそうもない、どうしたものか。答えは出ず、とりあえず陸奥横浜を目指す事にして、ブログ管理と大間からのフェリーを調べて寝た。

 

朝6時にネットカフェを出て蕪島へ向かう。この旅始まって久しぶりの追い風、とても楽だが、同じ道を戻るのでそれまでに止んでくれないかと思うが絶対にそうならない。

 

蕪島ウミネコの繁殖地として1922年に天然記念物に指定され、すごい数のウミネコが島やその周辺にいる。f:id:RSSHAKE:20210511203444j:imageこういう場所は日本に10箇所くらいしかなく、ここは一番近くで繁殖を見ることができるらしい。五月は彼らが営巣、産卵する時期で、斜面の芝や神社への階段横には卵を暖めているウミネコがたくさんいた。6月頃に雛が生まれ、8月には島を去っていくそうだ。f:id:RSSHAKE:20210511203532j:image

島の上には蕪嶋神社が建っている。6年前に火災で全焼してしまったが、その4年後に再建された。とても早い再建に驚いた。

神社の開門は8時45分、あと1時間半もある。風が強く、それを凌げる建物もない。いつ降ってくるかわからないウミネコの糞に怯えながら写真を撮り、そのあとは自転車の整備をした。神社の入り口には糞避けの傘が置いてあるがほぼ壊れていた。

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開門し階段を登る。鎌倉時代流罪できた者が、江ノ島を彷彿とさせるこの島に神を祀ったと社伝に書いてある。江ノ島には江島神社があり、蕪嶋神社に祀られているのも同じ弁天様だ。

おみくじを引く。いつも通り末吉だ。

 

蕪島を後にして、向かい風の中八戸市街地へ戻る。ここ以降函館までは大きな市街地はなく、ちょうどアウトドア用品店があったのでバーナー用の風防を買う。ネックウォーマーを買おうか迷ったが、やめた。

 

今日の目的地はおいらせ町にあるキャンプ場。遠くないのでゆっくり走る。市街地を抜け県道19号を北上していくと、海側に工場、反対に海上自衛隊基地というごつい道になる。

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キャンプ場には14時ごろ着いた。まだ走れるが、今日はもうやめ。テントを張って波打ち際を眺める。南に八戸市街地、その奥には山が聳え立つ。自宅はもう遥か向こう。

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久しぶりのパスタがうまい。風防は役に立ってくれそうだ。

 

明日も無事でありますよう、気をつけます。

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