【35】陸中玉川-八戸

起きたのは朝6時。確か昨日寝たのは6時ごろだったはず。久しぶりに12時間も眠っていた事に驚いた。それほど疲れていたのだろう。モペッドのお兄さんは撤収を終え出発していた。

 

朝飯を作り、今日の計画を練る。バッテリー類がカラに近いので宿をとったほうが良いが、八戸までは行きたい。70kmほどだがいけるだろうか、大丈夫と信じて宿をとった。

 

岩手には8日間いた。リアス式海岸沿いの道は険しく辛かったが、この道を選んで良かった。

昨日通った普代村から野田村までの区間は、私のおばあちゃんが住んでいる山の中を思い出させるようだった。便所は汲み取り、食料はどこで買ってるかわからないほどの店の見当たらなさは走っていて不安を感じた。

 

野田の道の駅によると、塩ベコの展示があった。リアス式海岸沿いは塩に関連するものが多かった。海は近く反対には燃料資源が豊富にあるが、それを運ぶのには険しい山地を越えなければならない。

塩は濃度の高い塩水(鹹水)を作ってそれを煮詰める(煎熬)ことで作れる。展示にはその様子がミニチュアで描かれていた。写真を撮るのを忘れた。

 

久慈市に入ってようやく店が多く見えてきた。あまちゃんというNHKの朝ドラの舞台はここだったようだが、朝ドラは見ないのでわからない。商店街のシャッターには絵が描かれており、これもあまちゃん関連らしい。

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「豪ーめん」という店舗を、確か岩手に入ったあたりから散見していた。久慈にもあり、ここで昼飯とした。二郎ラーメンに感銘を受けた方がこの豪ーめんを創業したようだ。空きっ腹には本当に美味しかった。

 

洋野町へ入ると桑畑橋という大きな橋を渡る。橋の入り口には草木に覆われた看板が、出口には命の電話の看板があった。

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f:id:RSSHAKE:20210509182700j:imageここは心霊スポットとして有名らしい。橋から下までは結構な高さだ。ここから飛び降りれば、一瞬だろう。夜じゃなくて良かった。

 

緩やかな坂をいくつか越えてようやっと青森県階上町に入った。宮城県にも同じ階上があったのを思い出す。バスの営業所が見えてきた。八戸市交通部、公営だ。こういうのをみるとつい足が止まってしまう。f:id:RSSHAKE:20210509182724j:image

通りすがった高校生が「頑張って」と声をかけてきた。10も下の高校生にこう言われるのはなんだか変な気分だが、手を振って返す事にした。

 

八戸市街が見える坂でちょうど日の入りだった。店が立ち並ぶ中に家系ラーメンの店があった。館林以来食べていない。昼もラーメンを食ったのに、夕食もラーメンを食ってしまうという誘惑への弱さは今後直さないといけない。

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宿へは予定通り19時過ぎについた。バッテリーも衣類も、全てリセットできる。明日は函館までの計画を練るために、八戸にとどまる予定だ。

走行距離も1700km近くになった。自転車の整備点検はどうしようか悩みながら4畳ほどの畳部屋の布団で眠りについた。この狭さは結構気に入っている。

 

明日も無事であります様、気をつけます。

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